五郎山

山渓の4月号に高遠のさくらと一緒に五郎山が載っていたので 一つミーハ‐気分で歩いてきました。

高遠の城内の南口から白山橋へでます。(6:30)ダムを渡って 左に回っていくと登り口の標識がでます。後はのんびりハイキング。途中白山観音の矢印で寄り道すると、高遠のさくらを展望できますよ。ここはマツタケが出る山ですね。「留め山」の表示とテープが貼ってあります。これだけしていると採りに来るんだろうなあ。
 林道に戻って五郎山へ (11:30) この山は(1582)年、織田信忠が武田軍を攻めた時に、信玄の五男 
仁科五郎盛信が高遠城主として迎えうったのです。 戦いの後、地元勝間村の人たちが五郎盛信をこの山に葬ったことから 五郎山と呼ばれるようになったんだそうですよ。 このことをドラマにしてほしいと言う署名をやっていました。
 降りていくとこの山は下から一郎山、二郎山、・・・と共に戦った人たちを厚く葬っ地元の人たちがいたことが分かります。武田の人は石垣人は城 というのかな。織田信長は時代の先を読めた人なのでしょうが、人の心はもう一歩だったのかもしれないな。   

私が好きなのはこの一郎山 その他の諸氏のお墓です。この人たちがいて歴史が進んでいきました。私だってそうでしょ、だから。
 「その人の名を知らず」って、知っていますか

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